戦場のピアニストと日本の不思議なつながり

Poland Life

第二次世界大戦が勃発しワルシャワが陥落する直前の1939年9月23日、「戦前 最後のコンサート」とされる公開録音がPolskie radioで行われた。演奏したのは Władysław Szpilman (ヴワディスワフ・シュピルマン)。ロマン・ポランスキー監督の映画「戦場のピアニスト」の原作者としても知られる。

そこから80年ということで、2019年9月23日にMuzeum Historii Żydów Polskich POLIN w Warszawie( ポーランド・ユダヤ人歴史博物館。通称 POLIN)が記念イベントを開催。 俳優のAdam Woronowicz(アダム・ヴォロノヴィチ)のナレーションによるSzpilman の手記の一部が流れ、ピアニストの Marcin Masecki (マルチン・マセツキ)がショパンのノクターン 嬰ハ短調を演奏した。映画でもおなじみのあの曲である。

第二次世界大戦でナチスドイツに徹底的に街を破壊されたワルシャワでは、歴史の傷跡を風化させまいとするような記念イベントが実に多い。私のような新参者にはポーランドの歴史を知るよい機会となっている。

私が住んでいるアパートはかつてワルシャワ・ゲットーがあったエリアにある。POLINも徒歩圏内。
POLINからの帰り道はいつも、この街に住むことになった不思議な縁を感じる。

ところで、 Władysław Szpilmanの長男のクリストファー・W・A・スピルマン氏は2005年~2015年まで九州産業大学で教授を務められていた。「日本における ヤン・カルスキ年」であった2014年、関連行事の一つとして9月27日に、東京の青山学院大学でヤン・カルスキ・シンポジウムが開催されたが、その時の登壇者の一人でもあった。
実は私もそのシンポジウムを聴講していたが、スピルマン氏は流暢な日本語で興味深い話をいろいろされていたのを覚えている。

さて、イベントでピアノを演奏した Marcin Masecki はFacebookのイベントページでは「もっとも創造的かつ独創的なピアニストの一人」と紹介されている。2019年のアカデミー賞にノミネートされたPaweł Pawlikowski( パヴェウ・パヴリコフスキ)監督の映画 Cold War(原題:Zimna wojna)の音楽を担当したことでも知られる。
実は彼もちょっとだけ日本と縁がある。

「Marcinがまだ駆け出しのピアニストだったころ、最初にマネージャーを務めたのは日本人女性だったんだよ」
こう教えてくれたのは、雑誌 Jazz Forumの編集長・Paweł Brodowski氏。 友人が誘ってくれたコンサートでたまたまお会いした。Jazz Forumの創刊は1965年で Pawełさんは1972年からなんと47年間も勤続。
私自身は音楽は全くのド素人だし、正直それほど関心も高くないのだが、この方が名物編集長であることは知っていた。

Marcinのマネージャーをしていたという女性は、旦那さんがポーランド人ということでポーランドに住むことになったらしい。私と同世代かちょっと若いと思われるが、すでに亡くなられたのだという。Pawełさんはスマホで彼女が写った写真を探し出し、懐かしそうに思い出を語ってくれた。
私を見て、当時の記憶がよみがえったのかもしれない。

意外なところでも、ポーランドと日本はつながっているんだなと感じた。

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